あらゆることを、あきらめましょう。
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こんにちは!精神科医のチフィです。

 

久々のブログ更新です。こんなタイトルだと、
ついに患者の見過ぎで病んでしまったか…
宗教はじめました?
と思われるかもしれませんが、至極まっとうなメンタルで書いております!冷やし中華みたいなノリで宗教を始めたわけでもありません。

 

さて、今日はタイトルの通り、「あきらめることの大切さ」を必死に説いていこうと思います。

 

ただしここで言う「あきらめる」は、

「諦める」ではなく「明らめる」です。

 

実はこれ、動物占い(個性心理學)を世界で初めて作り上げた弦本將裕先生が、講演会などでよくおっしゃっている言葉です。弦本先生とは僕も何度かご一緒させていただいたのですが、生きていく上で非常にタメになる知識・考え方を教えてもらっております。。

 

この記事を読んで、今後は積極的にあきらめていきましょう!

(笑)

人間関係は、「あきらめて認める」ことが大事

 

「明らめる」を辞書で引いてみると、こんな事が書いてあります。

 

「 明らめる」

  1. 事情や理由を明らかにする、はっきりさせる。
  2. 心を明るく楽しくする。

 

「諦める」とはずいぶん違った、前向きな印象を受けますね。

つまり、「明らかにする」「明るくする」という意味を持つ言葉なんです。

 

さて、ここでまた弦本先生の言葉を借りますが、

 

弦本將裕先生
人間の悩みはそのほとんどが人間関係である。ではどうして人間関係に悩むのか?
それは、「自分と相手との違いを認めないから」だ。
自分と同じだと考えて、勝手に期待するから、自分の思い通りにならないと気に食わないのである。
「こういう人もいるんだ」と自分と相手の違いを「明らめて認める」ことができれば、人間関係で悩むことは一切なくなる。
まぁこれをすっごく簡単に言うと、

自分と他人、違うものは違うんだからしょうがないじゃん。認めてやれよ。

ということなんですよね。笑

ただこれだけで終わると凄い投げやりだし面白くないので、その違いを楽しめたり、違う中でも似たような部分を探していくのが良いんだと思います。

 

ここまでは弦本先生もおっしゃっていることなのですが、ここからは僕の見解が入っていきます。

「本当の自分」を理解する

人はあれやこれやと色んなことに悩みますが、まず考えるべきことがあります。それは、

自分自身、本当の自分をちゃんと理解しているか?

 

ということ。まずこれ考えないとダメ。自分がどんな人間なのか、何を望んでいるのか。それを把握することから始めるべき。

 

でもかといって、自分探しってやりすぎるとアウトです。

自分探し。例えばすぐ浮かぶものとして、こんな感じ。

  • 実際、自分って何がしたいんだろう…
  • 将来どんな人間になりたいんだろう…
  • 今の仕事、本当にやりたくてやってると言えるのだろうか?

 

読みながら「ぐむむ。。俺のことやんけ。。」と思う人、いるんじゃないでしょうか。(というか僕も…ゴニョゴニョ)

 

でも、敢えて言いますけど、自分探しってマジでキリが無い(経験談)んですよね。

僕の中の「果てしないもの代表」を挙げるとすれば、この「自分探し」と「幸せ探し」。これって時と場合によって変化するものだし、正解もないですからね。

もちろん探すこと自体は良いんですよ。自分に何が向いてるか、何が好きか、探すために色々やってみるってのは凄く重要なこと。
でも「本当の幸せは?」という問いに答えを出すことに執着しすぎると、ろくな事がない(終わらない…)

 

というか、この記事はまた別で書くつもりですが、そもそも「自分探し」「幸せ」、この類いの言葉が良くないんだと思うなぁ。

何故かと言うと、なんか、すごく立派で向き合うべきことのような気がさせられるけど、漠然としてるしスケールが大きすぎて絶望しませんか?「幸せになろう!」と言われても、一体何をどうすればいいのか…少なくとも僕はわかりません!幸せってどんなカタチ?といった感じ。

 

なので、やりすぎるのはちょっとアレですね。でも自分と向き合って理解するのはとっても大事だと思います。

 

「本当の自分」を受け入れる

 

本当の自分が見えてきたら、そこから更に大事なステップを踏まなければなりません。それが、

本当の自分を認めて、しっかり受け入れているか?

 

これ、これなんですよね。

 

「自分はこういう人間なんだ」と気づけたことが、
必ずしも「本当の自分を受容できている」とイコールではないんです。

 

つまり、本当の自分を理解してはいるけど、それを認めたら自分が「ひどい」「やばい」「きもい」「痛い」奴になってしまうので、わざと目をつぶって見ないようにしている…ってことですな。

 

"汚い本当の自分を認めるのは辛い見ない" ようにしているわけだけど、自分を認めることができないまま生きていくのもかなり辛いのです。それに、認めることで悩みが解決することもありますし。

 

例えば、暴力・いじめ・浮気などなど、「世間一般の常識からするととっても酷いこと」を誰かにされたとします。

 

でも、「よくよく考えたら、それ、俺にとってそんなに痛手じゃないな…」と気づけたとしたら、過剰に傷つくこともなくなりますよね。
(*ちなみにコレ、「暴力・いじめ・浮気を許してあげろよ」って言ってるわけじゃないですよ!念の為。あくまで人には人の感じ方がある、ってことを言ってます)

 

あとは、「あの子に◯◯されてほんと辛い。。でも…よく考えたら私も◯◯しちゃってるかも…お互い様じゃん」とかね。
誰しも自分が被害者だと思いがちだけれど、実際は自分にも汚い部分があって、それを棚に上げて相手を攻撃してるだけかも?

 

「悪い自分」「認めたくない自分」も、勇気を持って認めること。
すると新しい景色が見えてくるかもしれません。

 

「理想の自分」と「本当の自分」との違いを、あきらめて受け入れる

 

人間関係を潤滑にするには、自分と他人との違いを明らめて、認めることが大事。

でも人生をうまく運ぶためには、自分と他人だけではなく、「理想の自分と本当の自分との違い」を認めて受け入れることも大事なのです。

 

受け入れた後、どうするかはそれぞれの自由です。「何クソ!理想の自分にちかづいたるわい!」と努力するのも良いし、「ここは受け入れるしか無いなぁ」とユルリとやっていくのもアリ。

 

なんにせよ始まりは、明らめて、それを受け入れること。

 

(ま、偉そうに言っておいて、僕も完璧にそうできてるわけではないんですがね…)

 

一緒に頑張りましょう!

 

ではまた。

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